母屋にようこそ。ここは隔週で更新します.古い記事は三ヶ月ごとに納戸に入ります。 第一回の湘南雑記帳「湘南の箱入りお嬢を探して」およびサンフランシスコ雑記帳「ファーマーズマーケットで春を見た」をご覧になりたい方は左の目録ををクリックしてお入り下さい。


第三回 緑うるうるの鎌倉は雨もまた良し(春海坊の湘南雑記帳)

今年のGWは曇りと雨で結構寒かったのに、鎌倉の混雑は変らず。花の季節が終って今は緑の季節、段葛の桜並木もすっかり葉桜になった。鎌倉は質実剛健の鎌倉武士と禅寺の地、雨に洗われて緑が生き生きしている今頃の季節は、鎌倉がいちばん鎌倉らしくなる。特に丘をひとつ隔てた北鎌倉は、海側の「明るい鎌倉」とは雰囲気が全然違い、ウグイスの「谷渡り」が至る所で聞こえる緑に染まった深山と化す。

 

誰もが撮りたい鎌倉のきざはし。紫陽花には早いけれど、緑は素晴らしい。でも一脚・三脚は禁止ですぞ。

本堂の横に割いていた大手鞠。少し緑がかった白い花は清楚な華やかさがある。
 

北鎌倉の駅を降りると目の前が円覚寺。「ここで一晩座禅してこい」と剣道の先生に言われていますが今回は時間が取れずに(と言い訳して)パス。線路沿いの道を5分程歩いて明月院へ。電車を使わなければならない天候が何とも恨めしい。「チャリ2号」が使えない日は行動半径が狭まる。明月院はかつて最明寺と呼ばれ、鎌倉幕府5代執権であった北条時頼公が出家し、墓所もある名刹。総門からは何百年かの間人々の足に踏まれてやわらかく古びた石段が山門まで続く。距離は長いが傾斜は緩い、優美な鎌倉のきざはし。石も木も雨にぬれてしっとりと静かに落ち着き、耳を澄ますと下の沢を流れる水の音が「しゃわしゃわ」と聞こえる。石段をゆっくり登っていると鶯の声がすぐ横で聞こえた。遠くでもう一声。もう少しするとコジュケイの声、夏の夕暮れはヒグラシの「カナカナカナ・・・・」も聞けるはず。山門のあたりで何やら良い香りがしているので探すと、山の際に背の高い朴の木が一本、泰山木に似た大きな白い花をつけていた。大きな朴の葉は朴葉焼き味噌に使われる。泰山木は多いのに朴の木は鎌倉で見かける事は少なく、ここに一本あったのは嬉しい。


山門を入って方丈に向うと、満開の「大手鞠」が方丈の脇と枯山水の脇に一本ずつ。紫陽花を小振りにした様な緑がかった白い花だから地味な色なのに華やか。華やかなのに邪魔にならない。今の季節はそんな花が多い。紫陽花や菖蒲が咲く頃は庭園が一般開放さるが、庭園に入り込まずとも方丈でお茶をいただいて丸窓から緑の谷戸を眺めているだけでも庭園の美しさは堪能できる。
ところで時頼公の墓所は総門を入ってすぐの左側。茶室「月笑軒」の隣です。ちなみに茶室では抹茶と和菓子のセットが700円でいただけます。それにしても墓のすぐ脇には現代風の参拝者用トイレの建物、すぐ裏にそそり立つのは2階建ての民家の壁。時頼公は現代の土地のやりくり事情と建築センスを嘆いているかも知れない。「鎌倉の名執権」と呼ばれたこの人は「鉢の木」をはじめ伝説もまた多く、水戸黄門の諸国行脚の話は実は時頼公の話を取って来たものだった、とか。明月院を出たら浄智寺に立ち寄って一休み。雨が上がって晴れて来た。浄智寺は鎌倉五山第四位の名刹で独特の趣のあるお寺だ。総門から山門の佇まいはやわらかく風景にとけ込んで墨絵の如くに見え、庭から見るお寺の建物は藁屋根の鄙びた風情でほっとする。庭の白雲木に白い花が満開で、母子とおぼしき中年の婦人と老婦人が花びらを拾っていた。鎌倉生まれの自分にとって、鎌倉時代は遠いけれど近い。何と言ってもここでは鎌倉時代が今だに人の生活を支えているし、ひとびとの血の中に刻み込まれた鎌倉人の質実剛健DNAは時々活性化して、今風に流される事を拒む。拒んできたから八百年昔からの価値あるものがまだ残っていて人を魅きつける。

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北条時頼公の墓所。公が亡くなって800年ちかく経つのに、お参りの人が後を絶たず。

朴の花。泰山木と似た大きな白い花が咲いて、近くにいくと何とも言えない良い香りがします。葉は朴葉味噌に使う。
この藁屋根は庭から見た浄智寺さんの建物です。浄智寺さんは独特の落ち着きがあるお寺で、来る度にほっとします。